野村将揮 | Philosophical Insights − 哲学と政策と経営のあいだ −

哲学研究者で元経産官僚で医療AIベンチャーCXOがハーバードで考えた哲学的洞察の走り書き

原離隔、あるいは諦念について

哲学者マルティン・ブーバーは、日本で訳出されているところの "原離隔" なる概念を用いて他者との絶対的断絶を前提した他者論(より正確を期すれば自他論/自-他論/我-汝論)を説いた。たしかに、他者らしき存在は物理的・精神的な次元に留まることなくあらゆる面において此方側の(便宜上措定され得る)自分らしき存在と隔絶しているのであって、この受容から人間関係や人生を考えるという視座は現代においてもなお有用だろう。自分は他人に完全には理解などしてもらえるはずもないし、当然にその逆も然りなのであって、だからこそ両者のあいだに儚くも存在する(かもしれない)あわいにおいて見出せるものが何なのか(それこそが別次元の自己/自他/我-汝なのかもしれない)という存在論的問いにほかならない。

ところで、この "原離隔" なる概念に出会ったのも10年以上前になるが、やはり何が当時の自分の琴線に触れたのかということを再考してみるのも大変に有意義らしい。一般にある概念や理論に惹かれるというのは、その時点で内面化された自分の価値規範や思考体系が反映されているのであり、いわば極めて個人的な社会的文脈、言い換えればトラウマやコンプレックスを、投影していた(に過ぎない)のかもしれない。そしてこういった引力や内省の蓄積が人類の思想を形成してきたのだと思うと、なんと人類とはいい加減なものなのだろうかと救われる心持ちになりさえする。

 

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